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- 三葉虫と複眼……5億年前に完成していた「見る」という技術
この複眼を御覧ください。

この標本を初めて目にしたとき、多くの方がまず言葉を失うのではないでしょうか。
整然と並ぶ無数の小さなレンズ。摩耗や潰れがほとんど見られず、個々のレンズが独立した半球として、立体的に保存されています。
本標本は、モロッコ・デボン紀層から産したファコプス類三葉虫、ペディノパリオプスです。その複眼は、三葉虫という生物が到達した「視覚の完成形」を、約4億年前の姿のまま、ほぼ完璧に伝えています。
三葉虫は「最初に眼を持った動物」ではありません

しばしば誤解されますが、三葉虫が地球で最初に眼を持った動物というわけではありません。しかし、鉱物レンズによる複眼を完成させ、それを長期間にわたって安定的に使用した最初の動物群であることは確かです。
三葉虫の眼は、有機物ではなく方解石(カルサイト)で構成されています。この鉱物は屈折率が高く、透明度が安定しており、さらに結晶の向きを工夫することで、複屈折の影響を最小限に抑えることができます。三葉虫は、進化の過程で極めて優れた「レンズ素材」を選び取っていたのです。
なぜ、そこまで眼が発達したのでしょうか

その理由は明確です。三葉虫が生きていた古生代の海は、視覚情報が生存を左右する環境だったからです。
・捕食者をいち早く察知すること。
・獲物を見つけること。
・同種やライバルを識別すること。
・海底の起伏や障害物を把握すること。
これらすべての行動に、視覚は直結していました。
とくにデボン紀は「魚類の時代」とも呼ばれ、装甲魚や初期の肉食魚類が台頭した時代です。この時代において、見る能力の劣る個体は確実に淘汰されていきました。その強い選択圧が、ファコプス類のような極端に発達した複眼を生み出したと考えられています。
ファコプス類特有の複眼構造

ペディノパリオプスを含むファコプス類の眼は、Schizochroal eyeと呼ばれる特殊なタイプです。一つ一つのレンズが大型で、それぞれが独立し、レンズ間には硬い隔壁が存在します。
これは、一般的な三葉虫に見られる微小なレンズが密集するタイプとは明確に異なる構造です。高い解像度、広い視野、低光量環境への適応といった点で、大きな利点を持っていたと考えられています。
写真に見られるレンズ配列は、単なる装飾ではありません。視覚という機能そのものが、形として露わになっているのです。
視覚の起源を、手のひらで見る
私たち人類の眼と、三葉虫の眼は、系統的に直接つながっているわけではありません。しかし、「見る」という行為を成立させるための物理法則は共通しています。光を集め、像を結び、情報として処理する。その基本原理は、すでに古生代の海で完成していました。
ペディノパリオプスの複眼を覗き込むことは、単なる化石鑑賞ではありません。視覚という能力が、どれほど古く、どれほど重要な進化であったのかを実感する体験なのです。この眼は、美しいです。そして同時に、進化の合理性と、生存競争の厳しさを静かに物語っています。






























